東京高等裁判所 昭和51年(ラ)83号 決定 1976年11月18日
抗告人
岡本功
外一五名
右一六名代理人
後藤孝典
外三名
相手方
国
右代表者法務大臣
稲葉修
相手方
吉富製薬株式会社
右代表者
中富義夫
相手方
武田薬品工業株式会社
右代表者
小西新兵衛
相手方
小野薬品工業株式会社
右代表者
小野雄造
相手方
科研薬化工株式会社
右代表者
肥高恵造
相手方
特殊法人日本赤十字社
右代表者
東龍太郎
相手方
三屋医院こと
三屋タミ子
相手方
和光医院こと
岩森剛
主文
原決定中、抗告人柿山球代、同小村晴輝、同篠原多美子、同木下かつ子、同藤井虎之助、同山岡絹枝に関する部分を、取消す。
東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第一〇七九七号慰藉料等請求事件につき、抗告人柿山球代、同小村晴輝、同篠原多美子、同木下かつ子、同藤井虎之助、同山岡絹枝に対し、いずれも民事訴訟費用等に関する法律第三条による手数料の納付について訴訟上の救助を付与する。
抗告人岡本功、同木村忠、同伊藤保、同木下邦夫、同流谷武義、同金久隆志、同戸坂重義、同平塚久夫、同土生清水、同人見安子の抗告は、いずれもこれを棄却する。
理由
第一抗告の趣旨<省略>
第二抗告の理由の要旨<省略>
第三疏明<省略>
第四当裁判所の判断
一「勝訴の見込なきに非さるとき」の要件について
抗告人らの請求に関する「勝訴の見込なきに非さるとき」との要件についての当裁判所の判断は、原決定理由中の該当部分の判断と同旨であるから、これを引用する。
二「訴訟費用を支払う資力がない」との要件について
(一) 現行民訴法一一八条にいう「訴訟費用を支払う資力がない者」というのは、その立法の経緯に徴しても、自然人に関する限り、旧民訴法九一条に規定した「何人を問はす自己及び其家族の必要なる生活を害するに非されは訴訟費用を出すこと能はさる者」と同義同趣旨であつて、右にいう「必要なる生活」とは、当事者の身分相応の生活を意味するものでもなければ、人間として生存を維持するに足る最低限度の生活を指すものでもなく、その中間に位置する生活が考慮されているのであつて、換言すれば、「必要な生活が害せられる」とは当該社会において一般人としての通常の坐活をすることが妨げられることであると解するのが相当である。
そして、訴訟を提起し追行するにあたつては、当事者は、事件の内容性質に応じて、法定訴訟費用のほかにも様々の準備調査の費用、弁護士費用その他訴訟追行に附随する諸費用を一定期間内に支出することが必要となることがあることは当然であつて、その支出が訴訟費用支弁のための経済力に影響を及ぼすことは明瞭である。したがつて裁判所が当事者に法定訴訟費用を支払う資力があるかどうか判定するにあたり、法定訴訟費用のほかに右の意味で必要な諸費用についても、おおよそどの程度のものが必要とされるかを考慮せざるを得ないことは、理の当然であるといわなければならない。
以上の見地にたつて本件をみるに、原決定が、総理府統計局発行の「家計調査報告書」に基き我が国の標準勤労者世帯(世帯人員3.83人)の平均実収入(年間約二四七万円)を求め、この程度の年収額による生活をもつて我が国の一般的生活水準と認め、更に本案の性質内容に鑑みて抗告人らが現在もなおクロロキン網膜症の治療費の支出及び該症による特別な生活支出を余儀なくさせられていること並びに本案追行に要する費用を考慮して、原則として同居の家族四人までの世帯につき年収合計金三〇〇万円程度をもつて一般的合理的基準とし、右金額以下の場合には訴訟上の救助を付与することとしたのは、本件の全疏明に徴しまことに相当であると言わなければならない。
抗告人らは、右治療費の支出や特別な生活支出が多額に達し、更に弁護士費用四〇万円の支出や鑑定費用外国証人出廷費用等を考慮すると、右の基準の三〇〇万円は低きに失し、少なくとも四〇〇万円程度まで基準をひき上げるべきであると主張するが、<証拠>その他記録の全趣旨に徴すれば、本案の原告数は抗告人らを含めて二三一名に達するから外国証人出廷の費用など原告らに共通に要する費用は、全員においてこれを分担すれば、各人の負担部分はさほど高額に達するとも思われず、各人の弁護士費用の支払も或程度分割支払が可能と認められ、また本案においては因果関係よりも責任問題に審理の重点があると認められることに徴すれば、各抗告人毎の医学的鑑定が必要不可欠なものであるとのことについては疏明が十分でなく、そのほか各人毎の日常の治療費や生活上の特別支出が平均以上に多額であるような特別な事情は、個別的具体的な事情として特別な疏明をまつてこれを審査すれば足りる問題であり、その点に関する判断は後記判示のとおりであつて、したがつてそのような個別な特別の事情は別として、「原則的」一般的合理的基準としては、原決定の定めた三〇〇万円の基準が低きに失するものとは考えられない。
また抗告人らは、都市生活者の場合或いは給与生活者の場合に年収二四七万円の程度をもつて一般的生活水準と定めることは低きに失すると主張するが、原決定が基礎にした資料は、給与所得を主たる収入源とする勤労者世帯に関する統計であり、また住所が全国的に散在する多数の訴訟救助申立人らに対し共通の原則的一般的な基準設定をするためには、全国平均の統計に依拠するのが合理的であるから、右抗告人らの非難はあたらない。(ちなみに、原決定が用いた資料に基いて人口五万以上の都市の勤労者世帯の一カ月平均実収入を調べて、これを全国平均のそれと比較した場合、前者が僅かに三五〇七円上まわるにすぎない。
(二) 次に、資力の判定につき家族の収入を合算することの問題であるが、前述のように民訴法一一八条の解釈上無資力とは自己及び其の家族の生活を害するのでなければ訴訟費用を支払うことができない状態を意味すると解せられるから、もしも其の自己及び家族の生活が自己及び家族の収入によつて維持されている場合には、当然その生計維持の全収入を合算すべきである。したがつて、当事者とその配偶者とが共に収入を得ているときは、特別の例外的事情の認められない限り、民法七五二条の法意や我が国における夫婦一般の生活実態に照らしても、その各収入の全額を合算して資力を考えるべきであるし、その余の家族において従来から家族全員の生活維持に拠出していた金額は、本人の収入と合算されるべきである。
しかしながら、右にのべた以外の形態の家族の収入は、当事者本人の資力とは言えないから、これを単純に機械的に本人の収入に合算してそれを本人の資力とすることは、正当ではない。しかし、さりとて常に合算すべきでないというのではなく、そのような形態の家族の収入でも、なお本人の収入と合算することが至当な場合が少なくない。
先ず第一に本人の資力とは、有形の財力ばかりでなく、無形の経済的信用力をも包含すると解すべきであり、家族に経済的余力がある場合には、本人においてその融通をうけ得る可能性の基盤が客観的に存在するから、そのような場合には、本人の信用として右家族の経済的余力は本人の収入と合算すべきである。また次に、収入ある家族に必ずしも右の意味の経済的余力があるとはいえないような場合であつても、例えば訴訟の共同当事者となつている等訴訟の結果につき本人と共同の利害関係を有している場合には、相互に一致協力して訴訟追行するのが当然であるから、その意味で互いに訴訟費用支弁の資力の不足を融通し合う可能性の基盤が客観的に存在し、したがつてこの場合にも本人の信用として右家族の収入を加えて本人の資力を考量すべきである。そして、右に述べた本人の信用として家族の有している資産収入を考慮する場合には、事柄の性質上当該家族が本人と同居しているか否か、生計を一にしているか否かによつて、その結論を左右すべきではない。
以上の見解のもとに本件を検討すると、原決定が、抗告人岡本功、同戸坂重義、同平塚久夫、同土生清水の各場合に各夫婦の収入を合算し、また、抗告人木村忠、同柿山球代、同木下かつ子、同山岡絹枝、同人見安子の各場合にそれぞれ配偶者の収入を資力として考慮したこと自体は正当である。更に原決定が、抗告人木村忠の場合に長男の収入を、同小村晴輝の場合に母の収入を、同篠原多美子の場合に母の収入を、同木下かつ子の場合に長女の収入を、同木下邦夫の場合に父の収入を、同藤井虎之助の場合に長女、二女、三女の各収入を、同金久隆志の場合に二女の収入を、同戸坂重義の場合に二女の収入を、同土生清水の場合に長男の収入を、同人見安子の場合に長男の収入を、それぞれ合算していることも、疏甲第七二号証によれば、以上に掲げた各家族がいずれも抗告人らと共に本案の共同原告となつて慰藉料等を請求しているものであることが認められることに徴し、それ自体は正当としてこれを肯認すべきである。
結局本件においては、家族の収入の合算はすべて肯定されるのであるが、それを前提として各抗告人らが、それぞれその請求の訴額に応じ納付すべき民事訴訟費用等に関する法律第三条所定の手数料を納付するについて無資力の要件を具備しているかどうかについて検討をすすめる。
1 抗告人小村晴輝の場合、<証拠>によれば、同抗告人は無職であり、その家族で収入のあるのは同人の母のみであるところ、その営業収入から必要経費を差引いた所得は、昭和四九年度で六五万九一五七円であり、昭和五〇年度も同程度に過ぎず、したがつて同抗告人が本案の訴状に印紙として貼付すべき手数料(以下単に手数料という)五四万六四〇〇円を納付するについては、同抗告人は明らかに無資力であると認められる。
2 抗告人柿山球代の場合、<証拠>によれば、同抗告人の夫は四三才で高等学校の事務長として年間三二〇万円余の給与を得ているものの、かねて居宅改築費及び抗告人の治療費として勤務先から借り入れた金員の月賦返済が給与から差し引かれ、その額は年に約一〇万円であること、更に同人は昭和四九年秋に肺上葉切除手術をうけて預貯金をつかい果たし、余後の血清肝炎治療のため年間少なくとも一〇万円を要し、また抗告人自身もクロロキンによる眼障害のほかに慢性腎炎に罹患し、それらの治療のために月額約五万円に及ぶ治療費及び交通費を要し、そのほか長男一一才が虚弱体質のため費用がかかるなどの事情にあつて、実情は経済的に全く余裕のない生活状態にあることが認められ、したがつて同抗告人が手数料四三万四四〇〇円を納付するについては、同抗告人は無資力であると認められる。
3 抗告人篠原多美子の場合、<証拠>によれば、同抗告人は小学校教員として勤務し、その給与所得は約二八〇万円であり、たまたま本案提起当時頃まで同居しその後抗告人の兄方に引取られた七八才の母の遺族年金年額約三六万円、恩給年額約一五万円を加えて前述の基準である三〇〇万円を超えるのであるが、右老母はかねがね病弱であつて持病の発作を伴なう心臓病のための通院、急性気管肢炎のための入院、白内障のための入院手術をするなど、同女の収入は、同女自身の肉体と精神維持のために必要不可欠のものであつて、その目的のためだけに費消され、他方抗告人自身眼障害により治療費交通費がかさむほか、教員としての仕事上試験問題や各種資料の作成、答案採点等眼をつかわねばならない仕事や、本来筆記しなければならない仕事が少なくなく、これらの仕事を遂行する上で眼の不自由を補うため他人の補助を仰いだり、他の教員以上に録音テープ等電気器具を使用せねばならず、それらの費用だけでも年間二〇万円近くに達し、その生活は経済的に余裕がないことが認められ、したがつて同抗告人が手数料四〇万〇九〇〇円を納付するについては、同抗告人は無資力であると認められる。
4 抗告人木下かつ子の場合、<証拠>によれば、抗告人は全くの無職無収入であり、家族の中で夫と長女とが収入を得ているが、夫は既に一たん定年退職し、そのときの退職金はすべて自宅を建築した際の借入金の返済に充てられ、現在の収入は再就職によるものであるが税込みで年間約二五〇万円程度に過ぎず、現在大学に在学中の長男の教育関係費として毎月約三万五〇〇〇円、八〇才の実母の生活費の仕送りとして毎月二万円を要し、他方長女は昭和五一年に入つてから結婚独立し、年間一七二万円程の収入は、挙げてその結婚前後の諸費用の支出及び結婚後の生活費に向けられ、家族全部の実際の生活維持は全く右夫の収入にのみ依存しており、抗告人の眼障害治療のための通院交通費も毎月八〇〇〇円はかかるなど、同抗告人方では苦しい家計をやりくりしている実情にあり、したがつて同抗告人が手数料三七万五九〇〇円を納付するについては、同抗告人は無資力であると認められる。
5 抗告人藤井虎之助の場合、<証拠>によると、同抗告人の収入は給与所得が昭和五〇年度には一八三万円程であるが、それは同年上半期に特別の手当がついたからであつて、本案提起当時の収入は月額約七万二〇〇〇円(諸控除を差し引くと月額約五万二〇〇〇円)程にすぎず、それも重度の眼障害等のため近く退職が見込まれており、同人の家族構成は妻と三女一男の六人世帯であり、そのうち長女が手取月額約七万円、二女が手取月額約六万円、三女が手取月額約五万六〇〇〇円の各収入を得ているが、右長女、二女は結婚相手もきまつて近く挙式結婚の予定であつて各人の収入はその結婚資金にあてなければならない実情にあり、そのほか同抗告人は眼障害のほかに多発性神経炎、白血救減少症のため本案提起当時二か月間の入院治療中であつて、その後も通院加療を要し軽労働に耐える程度にすぎず、現在以上の収入を得る見込みはなく、生活は全く窮屈で経済的には前途暗澹たるものがあることが認められ、したがつて同抗告人が手数料三四万九四〇〇円を納付するについては、同抗告人は無資力であると認められる。
6 抗告人山岡絹枝の場合、<証拠>によれば、同抗告人は無職無収入であり、夫及び長女と三人世帯で夫のみが収入を得ているが、夫の勤務先会社の好況時代はおわり、失の昭和五〇年度の収入は二七八万円程にすぎず、その他抗告人が当審で主張する各事実が認められ、したがつて同抗告人が手数料四〇万〇九〇〇円を納付するについては、同抗告人は無資力であると認められる。
7 その余の各抗告人については、各提出の疏明資料によれば、原決定認定の各本人ないし家族の各収入が認められるので、当審における各抗告人主張の各事情を斟酌しても、いまだ右抗告人らが手数料二八万二四〇〇円ないし五〇万七四〇〇円の手数料を納付することができない程に無資力であると認めることはできない。
三結論
よつて、抗告人柿山球代、同小村晴輝、同篠原多美子、同木下かつ子、同藤井虎之助、同山岡絹枝については、その救助の申立にかかる民事訴訟費用等に関する法律第三条による手数料の納付につき訴訟上の救助を付与すべきであるから、同抗告人らの抗告は理由があり、原決定中右抗告人らに関する部分はこれを取消して、右訴訟上の救助を付与するものとし、他方その余の抗告人らの抗告はすべて理由がないからこれを棄却するものとし、主文のとおり決定する。
(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)